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2006 07,18 18:04 |
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本家にて更新中の交響詩篇エウレカセブン小説を保管。まとめて読みたい方はご利用くださいませ。当然のことながら転載は禁止ですので、あしからず。 「レントン。ママ、どうなっちゃうの?」涙を溜めた緑色の瞳がレントンを見上げた。メーテルは、ニルヴァーシュのサブシートに座っている。一瞬前まで、エウレカがいた場所に。 パートナーのいないサブシートは妙に白々しいものに、レントンの目に映った。何が起きたのか、どうしてこんなことになったのか。レントンには理解できなかった。 レントンはのろのろと〝それ〟を見上げた。オラトリオNo.8によって空けられた大穴を、一本の巨大な樹が貫いている。かつてここに存在した司令クラスターに似ているが、〝それ〟はあまりに巨大だった。スカブによって作られた偽りの空を貫き、テンシャン山脈の大穴を貫き、そして――宇宙にまで達している。 この大樹がエウレカらしい。混乱する頭で出せる結論は、その程度のものだった。 「ねぇ、レントン……」 縋るようなメーテルの声で、レントンは我に返った。気づけば、モーリスやリンクもメーテルと同じようにレントンを見上げていた。エウレカの子供達。 呆然とするばかりだったレントンの目に力がこもった。 この子達から、二度も母親を奪っていいはずがない。そんな世界は、結末は、認められない。間違っている。レントンは三人を抱き締めた。安心させるように、強く。 「……大丈夫」 レントンは大樹――エウレカを見つめた。 「大丈夫だよ、皆。俺が、ママを取り戻してくるから」 「でも、ママは消えちゃったんだ。何とかってどうするんだよ……無理だよ、無理だ」 ぼろぼろと、モーリスの両目から涙が零れた。彼の不安が幼い子供達にも伝染し、瞬く間に涙が盛り上がっていく。 三人の涙を拭いてやりながら、レントンは微笑んだ。 「ニルヴァーシュがある。俺たちには、まだニルヴァーシュが残されているんだ」 自らを鼓舞するように、少年は愛機の魂魄ドライブに触れた。 交響詩篇エウレカセブン最終話 「どういうことなんだ! ええ、答えろよドクター・ベア!」 ゲッコー号のブリッジに怒声が轟いた。タルホに支えられたホランドが、風船のような体をした男――ドクター・ベアに掴みかかる。青ざめた顔に鬼のような形相を刻むホランドの背後には、大樹が聳えている。アドロック・サーストンに託された少女の成れの果て。 「デュ、デューイは自らの死を引き金としていたんだ」 ホランドに気圧されてはいたが、ドクター・ベアは何の痛みも感じていなかった。贅肉だらけの首を掴まれているからではない。贅肉とて、痛みは感じる。 TB303・デビルフィッシュ。ライダーの肉体と精神を削るあの機体によって、ホランドは酷く消耗しているのだ。 303は大破したが、これ以上LFOを操縦すれば死に至るだろう。いや、何もしなくとも肉体は朽ち果てるかもしれない。もっとも、それを告げたところで何の意味もない。 余計な考えを振り払い、ドクター・ベアは、ずれた眼鏡をかけなおした。 「彼の死により、エウレカとアネモネに取り付けられた首輪が彼女たちをスカブへと変質させる。いや、元に戻すというべきか。エウレカはスカブから生み出されたもので、ただ単に人の形を取っているにすぎ――」 「ごたくはいい。要点を言ってくれ」 「エウレカは司令クラスターに仕立て上げられるよう、あらかじめ首輪によってプログラムされていたんだ。そして、首輪にはもう一つのプログラムが組み込まれていた」 本来ならばCFS――コンパクフィードバックシステムとの関連性も説明したいところだが、ドクターは堪えた。世界にもホランドにも、あまり時間は残されていない。 「自壊プログラムだ。全スカブに自殺するよう、指令を送るんだ。だけど、考えても見てくれ。いきなり自殺しろといわれて、誰が出来る? パニックを起こしたスカブが何をしたか、君も知っているだろう、ホランド」 「塔の街の壊滅……俺たちを道連れにするってのか」 ずるりと、ホランドの手が落ちた。今の彼の瞳は、道を彷徨う旅人に似ている。ドクターは静かに首を振った。辿るべき道を失ったのは、自分とて同じなのだ。 「分からない。その前にスカブが全滅するかもしれないし、クダンの限界が訪れるかもしれない。デューイが何を狙っていたにしろ、僕らの完全な敗北だよ。打つ手はない」 「くそう……あんたは何がしたかったんだ、デューイ!」 「今、かろうじて現状が保たれているのは他ならぬエウレカのおかげだ。彼女は指令クラスターになることを拒んでいる。でなければ、世界はとうに変質しているはずだ」 「だが、だがよ……司令クラスターがなければスカブは」 「パニック状態だろう。統括者を失い、今もまだ不在だからね……どちらにせよ、クダンの限界を引き起こす可能性はある」 「奇跡が起きるのを願うしかないってのか……!」 ドクターには、これ以上語る言葉が残されていなかった。司令クラスターと化した人型コーラリアンの少女を、ただ見つめた。 奇跡は、起きそうになかった。 数日ぶりに戻ってきたゲッコー号は、ニルヴァーシュのサブシートと同じく空々しさだけが満ちていた。泣き疲れた子供達を寝かしつけた後、レントンは自室に戻った。 薄暗い部屋にリフボードや、ドッキリで使用されたジャージ、着替えが転がっている。タルホが畳んでくれたのか、着替えは綺麗に整頓されていた。新しい靴まである。 レントンは早速、靴を交換した。地球を歩き回ったせいで、靴はボロボロだった。思えば、ゲッコー号から逃げ出した時も同じ靴を履いていた。ベルフォレストを飛び出した時も。 旅の終わり。 ふいに、そんな言葉が浮かんで、レントンは「お疲れ様」と呟いていた。 着替えを終え、リフボードを掴むとレントンは部屋を後にした。格納庫まで走る。 「ニルヴァーシュ……」 ゲッコー号に収容――いや、回収されたニルヴァーシュは無残な有様だった。装甲の殆どが剥がれ落ち、左足は吹き飛んでいる。ぐったりと垂れた頭部からは、機械特有の無機質さしか感じられず、レントンは胸を痛めた。メカニックの彼でなくとも、ニルヴァーシュがもはやスクラップに過ぎないことは明らかだ。 それでも、レントンはターミナス606や808を使用する気にはなれなかった。 ニルヴァーシュでなければ駄目だ――何故か、そう思えてならないのだった。 レントンは半壊した愛機を見上げた。 「覚えているかい、前にもこうして俺と君でエウレカを救いにいったよね。チャールズさんのスピアヘッドと戦ったのもあの時だった……」 ――自らに偽らず決めた事なら俺達は受け入れる。必ず貫け。 パパと慕った男の言葉が蘇る。 レントンは格納庫脇に立て掛けられたLFO用のボードに目をやった。チャールズとの戦闘を乗り切った、ニルヴァーシュのボードだ。変型機構の関係でSpec2では使用しなかったが、トラパーに乗る程度なら問題はない。 「このまま、終わるわけにはいかないよな。何が出来るか分からなくても、何も出来なくても、俺は行かなきゃいけない。貫かなきゃならないんだ。だから、あともう少しだけ付き合っておくれ……ニルヴァーシュ」 ニルヴァーシュの足に触れ、レントンはシートに乗り込んだ。リフボードを脇にやり、インターカムを装備する。ブリッジにハッチを開放するよう呼びかけようとしたレントンはしかし、ぴたりと動きを止める。 「これは……」 シート内に微弱な光が満ちていた。魂魄ドライブ――人とスカブを結びつけるツール。アドロック・サーストンからダイアン・サーストンへ、そしてレントン・サーストンへと連綿と受け継がれてきた「EUREKA」の魂魄ドライブ。 その魂魄ドライブに今、新たな文字が刻まれていた。 ――RENTON 生まれて初めて目にする海も、翼を持った奇妙な生物も、ゲッコーステイトのブリッジに満ちる陰鬱とした空気を取り除くには至らない。故郷の土を踏んでいるのだという感慨すら、ゲッコーステイトのメンバーは感じられずにいた。 奇跡を待つしかない。突きつけられた絶望が心を蝕んでいく。 「このまま終われるか……終われるわけがねえ」 シートにもたれかかりながら、ホランドは低く呟いた。唇の端から血が垂れる。 303操縦の影響で、内臓器官がやられていた。長くは持つまい。だが、ホランドは自分の死に対して何の恐れも感じていなければ、後悔もしていなかった。 これが血塗られた道を歩み続けてきた者の報い――SOFの末路なのだ。 そう、自身が死ぬことにホランドは何の感情も抱いていない。だが、タルホに宿った子供の命はどうなる。ここまで自分についてきたゲッコーステイトの仲間たちは。 奇跡を待つしかない、そんな言葉で済ませられるはずがない。 だが――ホランドは天を仰いだ。 「……俺は、どんな波に乗ればいい」 ここからでは、何も見えなかった。最低のスポットだ。新しい波など、来そうにない。 ホランドが頭を抱えた、その時だった。 「ブリッジ、ハッチを開けてください」 凛とした声が、重苦しい空気を切り裂く。 「レントン、どこへ行く気だ!」 レントン・サーストンの姿が、ブリッジ前面のスクリーンに投影されていた。彼の背後に見える白いシートはターミナスタイプのものではない。ニルヴァーシュのものだ。 「魂魄ドライブが教えてくれたんだ。エウレカが俺を呼んでるって。だから俺、行くよ!」 魂魄の輝きに彩られるシート内から、レントンはホランドの目を真っ直ぐに見つめている。絶望も諦念もない、決然とした瞳。 お前には乗るべき波が見えているというのか、レントン――舌打ちし、ホランドは叫ぶ。 「訳の分からねえことを言ってんじゃねえ。お前一人で何が出来る。大体、ニルヴァーシュはスクラップ同然だろうが!」 「ボードがある。じっちゃんが創ってくれたボードが」 「何言ってやがる! 片足が吹っ飛んでんだぞ! リフれるわけねえだろ!」 「分かってるよ、ホランド。俺は無力だ。父さんも姉さんも助けられなかった。エウレカだって、守ってやれなかった。何をしたって、もう無駄なのかもしれない。だけど、だからこそ言うよ……ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。諦めたら、終わりなんだ」 十五歳の少年と師の姿が重なり、ホランドは言葉を失う。 ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん――かつてリフボーダーに向けて「生まれたところは関係ない。本当に必要なスポットはそいつの目の前にある」とホランドが語ったのは、アドロック・サーストンの影響だ。師の言葉が、今のホランドを形成していると言っても過言ではない。 そう、師の教えを忘れたことなどなかった。そのはずだった――ホランドは拳を握りしめる。 「ギジェット、ハッチを開けて」 レントンが静かに言う。「う、うん!」とギジェットが慌ててコンソールに指を触れた。 ホランドは口を固く閉ざし、シートに身を沈めた。アドロックの教えを忘れ、あまつさえ子供にこんな決断ばかりさせる俺に語るべき言葉はない。 「駄目よ、ギジェット。無駄死にさせる気!?」 ホランドの隣でタルホが声を張り上げる。今にもギジェットの手を掴み上げそうな剣幕だ。 「開けて!」 タルホとレントン。両者の板ばさみになり、ギジェットはおろおろと視線を彷徨わせた。ゲッコーステイトのメンバーのほとんどが首を振る。レントンを行かせるなと。ホランドだけが首を振らなかった。 リーダーとメンバーの意見が対立している。ますます困り果てたギジェットは、大樹に目をやった。 樹になってしまった友達、エウレカ。恋や化粧の話をしたのはいつのことだったか。突きつけられた現実はあまりにも残酷だ。悲しすぎる。 ギジェットは思う。私は馬鹿だし、世界がどうなっているかなんて正直よく分からない。でも、これだけは言える。 私はエウレカに死んで欲しくない。 「……レントン。エウレカを泣かせたら、承知しないんだからね!」 ギジェットはハッチを開放した。艦内・艦外に設置されたカメラでニルヴァーシュの姿を追う。 ニルヴァーシュはspec1――便宜上、スペックアップ前のニルヴァーシュをそう呼称している――のボードを掴み取ると、地を這いずってゲッコー号を飛び出した。機体背面のブースターにて加速、ボードに縋りつくようにしてトラパーの波に乗っていく。リフとは程遠い、無様な姿だ。 レントンを行かせたはいいけれど、本当に大丈夫なのかしら。今更ながらの不安に襲われておろおろし始めたギジェットの耳に、 「レントン、約束しなさい」 懇願するような声が響いた。祈りを捧げるかのごとく、タルホは胸に手をあて、レントンを見つめている。 「エウレカを連れて帰ってくるって。約束出来ないなら、ニルヴァーシュを撃ってでも止めるわ。飛ぶことは出来なくても、ゲッコー号の主砲は生きてるんだからね!」 「俺を信じてください」 「二人で戻ってきなさい。必ずよ、必ず!」 「はい、行って来ます!」 力強く頷くと、レントンは通信を切った。リフボードからだらりと腕を垂らしたニルヴァーシュの姿が遠ざかっていく。 ニルヴァーシュが完全に見えなくなると、タルホはギジェットに歩み寄った。 「ギジェット、ユルゲンス艦長に連絡を取って」 「へ?」 「早く」 「は、はい」 イズモへの通信を開始しながら、ギジェットはちらりとタルホの様子をうかがった。ハッチ開放の件で咎められるかと思ったけれど、タルホの頭の中にはレントンとエウレカのことしかないらしい。彼女の目は大樹の頂上へと向けられている。 このまま怒られませんように。それからエウレカがちゃんと帰ってきますように。口の中で呟くギジェットの視界の端で、誰かが動いた。灰色の髪。ホランドだ。ホランドはふらりと立ち上がると、ブリッジを出て行った。 何処へ行くのかしら。気にはなったけれど、髭面の男がモニターに映し出されるとギジェットは姿勢を正した。 大樹に沿ってニルヴァーシュを上昇させつつ、レントンは後部座席に手を伸ばした。ひんやりとした感触が返って来る。鋼鉄の持つ、独特な冷気と無機質な感覚。 チャールズのライフル銃だ。 レントンはライフル銃をサブシートに立てかけた。使う気はない。ただ、側にあると落ち着くのだ。チャールズの匂いが染み付いているからかもしれない。 弱気になるな、レントン。自分に言い聞かせ、レントンは魂魄ドライブをそっと撫でた。 大樹に近づくほどに輝きを増す魂魄ドライブには、「RENTON」の文字が絶え間なく浮かび上がっている。 「エウレカ、君だよね。君が俺を呼んでいるんだよね」 レントンは大樹を仰いだ。目指すは頂上――と、レントンの視界に無数の泡が浮かび上がった。 泡は様々な色で彩られている。遠目で見れば、カラフルな風船だ。だが、近づけば否がおうにも目にすることになる。 泡の中央に位置する、紫色の目を。 「抗体コーラリアン!? 何で……うわっ」 機体が激しく揺れたかと思うと、サブシート側のキャノピにべったりと赤い液体が付着した。抗体コーラリアンが体当たりしてきたのだ。 攻撃は一体だけでは終わらない。千体を優に越す抗体コーラリアンすべてが、ニルヴァーシュを敵と見なし、突進してくる。 「俺は何もしないよ! どうして――」 がりっ、と嫌な音がレントンの口内で発生した。鉄によく似た味が広がる。血を飲み下し、レントンはニルヴァーシュを操作した。 装甲のはがれかけたニルヴァーシュの両腕がリフボードをしっかりと掴む。今のニルヴァーシュに取れる行動といえば、それくらいのものだった。トリックで攻撃を避けることも、攻撃を仕掛けることも出来ない。たとえ機体が満足な状態にあったとしても、エウレカの同族を殺すつもりはないが。 機体がまた揺れる。赤い破片がキャノピに衝突し、後方へ流れていく。ニルヴァーシュのアンテナの一つが折れていた。 機体を取り囲む抗体コーラリアンの群れを前にして、レントンはごくりと唾を飲み込んだ。今度の損傷はアンテナ程度で済まされない。腕か、ボードか、それともコックピットか。 ――コックピットだった。キャノピに罅が入る。レントンは咄嗟にシート脇のリフボードへ手を伸ばした。 だが、キャノピが破壊されることは永遠になかった。 目の前の抗体コーラリアンが次々と弾け、血を撒き散らす。真紅に染まるキャノピの隙間から、レントンはかろうじて青いLFOの機影を見て取った。 ニルヴァーシュの脇を高速で駆け抜けた青いLFOは太陽に向かって直進したかと思うと、突然リフボードの向きを変えた。 その技は、トラパー――波が頂点で崩れ落ちる前にボードを切り離し、重力に身を委ねることで完成するものだった。波を信じた者にしか出来ないと言われる最高のトリックの一つ。その名は、 「カットバックドロップターン!? ホランドなのか!?」 思わず叫んだレントンの目の前で、数体のコーラリアンが切り裂かれる。 だが、血の落ち始めたキャノピから見えたLFOは抗体コーラリアンと同じ一つ目の存在だった。モンスーノtype20、軍用のKLFだ。 「こんな時にモンスーノなんて!」 抗体コーラリアンと軍。挟撃されたと思い込むレントンは、KLFがモンスーノtypeVCへと移行しつつあることを失念していた。旧型のモンスーノを使用し、且つ現在も活動している部隊は一つしかないということも。 「安心しろ、レントン・サーストン。僕たちは味方だ」 「ドミニク・ソレル……?」 通信を割り込ませてきたのは黒髪の青年、ドミニク・ソレル。クテ級コーラリアン突入後、エウレカの薬を探すため、行動を共にした軍人だ。 「私のこと、忘れちゃったの?」 今度は桃色の髪の少女が通信してくる。レントンは一瞬、彼女が誰なのか分からなかった。かつて、彼女が全身に纏っていた狂気が消え去っていたからだ。 「ジ・エンドのパイロットか!」 「アネモネよ、アネモネ」 ふふんと笑い、アネモネは通信を切った。同時に目の前のKLFが両肩のミサイルポッドから弾丸を吐き出す。カットバックドロップターンを決め、レントンを助けたのはアネモネだったのだ。 アネモネの他にも数機のKLFが周囲を飛び回り、彼らを援護するかのように後方からミサイルが発射されている。威力・装弾数共に戦艦クラスだ。 「ここは我々イズモ艦に任せろ、レントン・サーストン」 「あなたは?」 髭面の厳格そうな男が通信してきた。彼がニルヴァーシュの援護を行う戦艦の艦長らしい。 「ゲッコーステイトの連中に頼まれてな。出来る限り助けてやってくれないかと」 「みんなが……」 「マリア、状況を伝えてやってくれ」 髭面が画面から消え、代わりに理知的な女性が現われた。 「抗体コーラリアンは現在も発生中です。その数、数万。全てがニルヴァーシュの進路上に集結しています。今から我々イズモ艦が突破口を開きますので、あなたはその隙に宇宙へ上がってください」 「数万って、それじゃあ、あなたたちが死んじゃいますよ!」 「宇宙へはゲッコー号から〝足〟が用意されるとのことです」 役目は終わりだと言わんばかりに、女性は一方的に通信を切ってしまった。 再び髭面の軍人がモニターに映る。 「行け、レントン・サーストン。道は我々が切り拓く!」 「でも!」 「行けい!」 「……すみません。ありがとう!」 ニルヴァーシュの進路に沿い、ミサイルが驀進していく。レントンの頭上で大量の火球が生まれる。 爆炎の向こうには、青い空が広がっていた。 イズモ艦はミサイルを撃ち尽くし、モンスーノ小隊も引き返した。モンスーノのレーダーに映るのは味方の識別信号が一つ――ニルヴァーシュ、そして無数の赤い光点――抗体コーラリアン。 ミサイルでの援護も虚しく、ニルヴァーシュの行く手には再び抗体コーラリアンが結集しつつあった。レントンとニルヴァーシュが大樹にとって、排除すべき異物であるかのように。 コーラリアンになりきれなかった私も異物なのかしらね。すっと目を細め、アネモネはモンスーノに残されたミサイルを発射した。 白煙を引きながら、爆薬が満載されたミサイルが縦横無尽の軌跡を描く。たとえ抗体コーラリアンが不規則な動きで避けようとしても、ミサイルは彼らの熱を追う。 体に金属の筒をめり込ませた抗体コーラリアンの体が風船のように膨れ上がり、一瞬の後、破裂した。赤い血とカラフルな肉片を機体に浴びつつ、アネモネはニルヴァーシュの隣に並んだ。モンスーノにブーメランを持たせ、ニルヴァーシュに取り付かんとしていた青い抗体コーラリアンの目玉を切り裂く。 「エウレカの彼氏君、生きてる?」 口ではレントンを案じつつも、アネモネの目はニルヴァーシュに向けられていた。ふらふらと頼りなく波に乗る世界最古のLFO、ニルヴァーシュ。装甲がはがれかけた頭部は、その中身――アーキタイプの姿を現しつつあった。無機質な外面とは裏腹に、生命の息吹を感じさせる瞳が前方を見据えている。 ジ・エンドみたい。生まれてから……正確には意識というものを持ってから常に傍らにあった存在を思い出し、アネモネは唇を噛み締めた。 ジ・エンドに乗る、それはアネモネがアネモネでなくなることを意味していた。薬を投与され、全身の血管が沸騰するほどの悪意と殺意にまみれて、アネモネは全てに終焉をもたらすために空を翔けた。ジ・エンドと共にいて心安らいだことなど、一度もない。アネモネにとって、彼は苦痛をもたらす存在の一つでしかなかった。 けれど、アネモネは覚えている。自分を見つめるジ・エンドの眼差しを。自らの身を盾にして、自分とドミニクを守ってくれた時の、優しい瞳を。 ふいに涙がにじんできて、アネモネはニルヴァーシュから目を反らそうとした。だが、出来なかった。ニルヴァーシュの碧の瞳が、アネモネを見ていた。 「ジ・エンド……」 ニルヴァーシュとジ・エンドが重なり、アネモネの双眸に涙が溢れた。失ったものの大きさを、思い知らされる。 ごめんね、ジ・エンド。そっと呟き、アネモネはモンスーノを加速させた。リフボードの先端で、抗体コーラリアンの体を貫く。機体に返り血を浴びながら、アネモネはボードを反転させた。360度回転したボードが、周囲の抗体コーラリアンを容赦なく切り裂く。 メインカメラにへばりついた肉片を取り除きながら、アネモネは叫んだ。 「行きなさい、早く!」 「ありがとう、アネモネ!」 モンスーノが切り拓いた道を、ニルヴァーシュが翔け抜ける。 風を切り裂いて上昇していく白い機体を、アネモネは見つめた。死なないでよ――そう、胸の内で呟きながら。 だが、他人を心配するような余裕はアネモネには与えられなかった。一瞬前までニルヴァーシュを映していたモンスーノのメインカメラを、紫紺の瞳が覆い尽くす。ぎろりとこちらを睨む瞳には、何の感情も込められていなかった。 大樹に近づく存在すべてを滅する――妄執的とさえ言える攻撃衝動に彩られているだけだった。 「このっ……!」 眼前の抗体コーラリアン目がけて、モンスーノの腕を突き出すアネモネ。 攻撃が当たる寸前で、コーラリアンが大きく口を広げた。体と同じ色をした口内には獰猛さを秘めた牙がずらりと並んでいる。そしてその牙に、モンスーノの腕は噛み砕かれた。 装甲とアーキタイプ、同時に弾けた無機物と有機物が各々の破片を撒き散らす。 モンスーノの腕を喰らった抗体コーラリアンはそれだけでは飽き足らず、今度は肩に噛み付いてきた。装甲と肉が断ち切られる不気味な音を耳にしながらも、アネモネは残った腕を動かした。 無防備に開け広げられた抗体コーラリアンの口に、ブーメランの刃が突き刺さる。 「あっちへ行ってよ、お願いだから!」 ブーメランごと左腕をくれてやりながら、アネモネは機体を後退させた。ニルヴァーシュを送った今、出来ることは何もない。一刻も早く、ドミニクのもとに戻らなければ。 「早く、もっと早く飛んでよ……」 弱々しく呟くアネモネ。敵を示す光点は猛スピードでモンスーノに近づきつつあった。捕捉されたが最後、抗いようがないことを彼女は悟っていた。ボードで反撃しようにも、両腕を失った今では姿勢制御が上手くいかない。 そして―― アネモネの視界一杯に、抗体コーラリアンの目が広がった。 「ドミニク――」 引きつった悲鳴が漏れるのと、血が飛び散るのは、ほぼ同時のことだった。 ――モンスーノを狙っていた抗体コーラリアンは胴体を分断され、宙に舞っている。 血は、抗体コーラリアンのもの。 切り裂いたのは、 「ゲッコーステイトのLFO!?」 青い、宇宙人のような顔をしたLFOがブーメランを手に、モンスーノの横に並んでいた。その頭上には、もう一機のLFO。大量のコードを両手に抱えた黄色いLFOは、青いLFOに頷きかけると、ジ・エンドもかくやと思わせる速度で急上昇していった。 呆気にとられたアネモネがぼんやりと空を眺めていると、毛むくじゃらの男がモンスーノに通信を入れて来た。 「無事か、お嬢ちゃん。間一髪ってやつだな。とと、ハニーのチューニングはピーキーすぎるぜ」 「あ、ありがとう」 「それよっか、早く帰ってやんな。さっきからうるせえの何のって」 にやりと笑い、男は別の通信を割り込ませてきた。 「アネモネ、アネモネーッ!」 アネモネは思わず耳を押さえた。必死の形相で、ドミニク・ソレルが叫んでいる。こちらに気づいているだろうに、叫びは止まらない。きっと、彼の元にアネモネが戻るまで呼びかけは止まらないだろう。 「もう……馬鹿」 顔を真っ赤にして、アネモネは全通信を断ち切った。その口元には、柔らかな笑みが浮かんでいた。 宇宙まで延々と続く、司令クラスターに酷似した巨木。その頂を、白いLFOが目指す。 世界最古のLFO。かつて約束の地が「地球」と呼ばれていた頃、地上を駆けていた機械を真似て作りし生命体。コーラリアンは、その生命体を人とスカブ・コーラルのコミュニケーションツールの一つとして用意した。 それは魂魄の輝きを体に宿し、人とスカブ・コーラルを悟りへと至る道――ニルヴァーナへと導く箱舟。 人類はその箱舟を、ニルヴァーシュと名付けた。 「……ごめんよ、ニルヴァーシュ」 ニルヴァーシュは今、その使命を全うする前に果てようとしていた。抗体コーラリアンの攻撃によって、片腕がもがれ、足は吹き飛び、顔の半分はアーキタイプの血で真っ赤に染まっている。 レントンは何もしてやれない。共に旅を続けてきた半身ともいえる存在が傷ついていくのを、黙って見つめるしかなかった。 「もう少しだけ頑張っておくれ、もう少しだけ……」 祈るようにレントンが呟いたその時、機体が大きく揺れた。 敵を確認するまでもない。抗体コーラリアンだ。 レントンはペダルを踏み込んだ。ニルヴァーシュに抗う手段はない。援護をしてくれる者もいない。レントンに出来ることといえば、ニルヴァーシュが破壊される前に大樹の頂に到達することだけだ。 ニルヴァーシュ機体背面に設置したブースターが火を噴き、レントンの体をシートへ押し付ける。構わずに、レントンは更にペダルを踏み込んだ。頭の後ろから、耳鳴りのような音が聞こえてくる。ブースターが悲鳴を上げているのだ。 やがて、悲鳴は断末魔に変化する。 ブースターのノズルが熱によって溶解。荒れ狂うその熱は機体を蹂躙した。小規模な爆発が機体内部で連続。ついには背面の装甲の消失という事態を招いた。 傷ついたのはニルヴァーシュだけでない。 急加速による荷重と、背面の爆発。双方からの衝撃が、レントンの肺を圧迫する。 「がっ……!」 肺から押し出された空気と共に、意味不明な呻き声がレントンの口から漏れた。 視界が赤く染まり、指先は痺れる。意識が吹き飛びそうだったが、一秒と経たない内に、今度は大量の酸素が肺を満たした。酸素を求めた体が、一気に息を吸い込んでしまったのだ。咳き込みながら、レントンは操縦桿を握り直した。 「……こんなところで、死ねない」 呟きながらも、重力の腕にニルヴァーシュが絡め取られつつあるのを、レントンは敏感に感じ取っていた。ブースターの熱暴走によって得られた加速は一瞬。今は惰性で上昇を続けているが、いずれ墜落する。 どうする――絶望に支配されまいと頭を回転させても、何も変わらない。レントンの心を蝕む無力感と共に、ニルヴァーシュは速度を落とし始めた。 「エウレカ――」 虚しい呟きを零すレントンの体を、衝撃が襲った。背後から、突き上げてくるかのような衝撃。 「また、抗体コーラリアンなのか!?」 叫び、無意識の内にレントンがリフボードを掴んだ時、 「いや……俺だ」 ノイズ混じりの、ひどく聞き取りづらい声が聞こえた。レントンの手元――コンソールに、骸骨のようにやつれた男が映っている。 ホランド。 ターミナスtype606を示す光点が、いつの間にかニルヴァーシュのレーダー上に出現していた。 連れ戻しにきたのか。そんな考えが頭をよぎり、レントンは顔つきを厳しくした。 「俺は戻らないよ、ホランド」 ホランドの表情もまた、険しいものに変わった。こけた頬に深い影が落ちる。 「思い上がるなよ、レントン。お前の覚悟は見事だ。俺にはとても真似できねえ。だがな、願うだけじゃどうにもならねえことだってあるんだよ。お前は、エウレカのもとまで辿り着けない」 「でも、それでも俺は行かなくちゃならないんだ!」 「分かってる。そのために俺は来たんだ。お前を、宇宙へ上げるためにな」 その時、レントンはようやく気づいた。体が、シートに押し付けられていることを。 ニルヴァーシュの速度が上昇していることを。 モニターの向こうで、ホランドが笑みを作る。 「303用の予備のブースターをかっぱらってきた。宇宙へ上がるだけの速度は得られるはずだ。機体がもつかどうかは知らねえけどな」 ニルヴァーシュを支える606の胴体には、おびただしい数のチューブが接続されている。そのすべてが火を噴き、606のスペックを上回る速度を引き出していた。だが、規格外の改造は606に多大な負担を強いる。機体のあらゆる箇所で火花が散っていた。 「ホランド……」 レントンは呻き声にも似た声を漏らした。負担を強いられるのは機体だけではない。内部の人間も当然―― 「心配すんな。それより、ボードを離すんじゃねえぞ!」 「……はい」 今すぐに機体を止めてくれ。レントンは口から出かかった言葉を飲み込んだ。 リフボードを片手に抱き、エウレカを見つめる。人のカタチすら取らなくなった彼女は相変わらず、近づく者すべてを拒絶している。まるで、自分を見て欲しくないかのように。大樹から吐き出され続ける抗体コーラリアンは、エウレカの流す涙なのかもしれない。 来ないで、レントン――と。けれどエウレカの魂魄ドライブが放つ光は、紛れもなく他者を求めている。自分を受け入れてくれる人を。 だから、レントンは行かなければならない。ママを連れ帰ると約束した子供達のためにも、ここまで自分を見送ってくれた人たちのためにも、そして――エウレカのためにも。 ホランドもきっと、それを望んでいる。 「行くぞぉぉっ!」 重力の鎖を引きちぎり、二体のLFOは宇宙へと舞い上がる。星々の瞬きが、巨人達を包み込む。ふわりと体が浮く感覚を味わいながら、レントンは目を見開いた。 太陽に向かって腕を伸ばすかのように生える枝。その中心に、淡い光を放つ巨大な球体が中心に据えられている。さながら、子宮に宿る命のよう。 「エウレカ?」 レントンは思わず、球体に向かって呟きかけていた。直感が告げていた。彼女はあの中にいると。 声が届いたのか、魂魄の輝きが一層、強くなる。レントンと呼ぶ声が聞こえたような気がした。同時に、レントン来ないでと叫ぶ声も。 拒絶と受容の狭間で彼女の心は引き裂かれ、涙を流す。流れた涙が、抗体コーラリアンとなって、牙を剥く。 群れを成して飛来する抗体コーラリアンは、瞬く間にニルヴァーシュと606を取り囲んだ。エウレカと酷似した、けれどまったく温かみを感じさせない瞳がレントンを射抜く。 「そこをどいてくれ! 俺はエウレカに会いに行くんだ!」 叫びは操縦席で虚しく木霊する。届かない言葉は、力の前に屈するしかない。迫り来る抗体コーラリアンを前に、傷ついたニルヴァーシュはあまりにも無力だった。 「焦るんじゃねえ、レントン!」 606がニルヴァーシュの前に踊りでて、抗体コーラリアンの口内に拳を突き入れた。ぶくりと膨らんだ抗体コーラリアンの体から、血にまみれた黄色い腕が突き出る。 抗体コーラリアンを真っ二つに切り裂いた606は全身のチューブを外すと、両手にブーメランを構えた。背部のバーニアを全開にして、抗体コーラリアンの群れへと突進する。 鬼神の如き活躍を見せる606を中心にして、道が出来上がっていく。エウレカへと続く道。レントンは迷わず、その道へ機体を滑り込ませた。 「まだ言ってなかったな」 606とのすれ違い様、ホランドがモニターの向こうで笑った。 「行って来い!」 「はい!」 力強く頷き、レントンはニルヴァーシュと共に漆黒の闇を駆け抜けた。 「勝ち取ってこいよ、レントン……」 次第に遠ざかるニルヴァーシュを見送ると、ホランドは満足気な表情を浮かべ――血を吐いた。通信モニターが鮮血に染まる。 はは、とホランドは薄く笑った。 これが、血塗られた道を歩んできた者が受ける報いか。 「わりぃな、タルホ。帰れそうにねえや……」 呟き、ホランドは顔を上げた。レントンを阻む敵、抗体コーラリアンは未だ無数に存在している。彼がエウレカの元へ無事辿り着くまでの間程度なら、体も保ってくれるだろう。ホランドは操縦桿を握り直した。ペダルを踏み込み、叫ぶ。 「やってやろうじゃねえか、大人らしくよぉっ!」 振り返ると、抗体コーラリアンの群れに飲み込まれる黄色い機体が目に入った。 けれども、レントンは立ち止まらなかった。 全ては、エウレカのため。 さよなら、ホランド。俺のヒーローだった人。 零れ落ちた涙が、宙に漂った。 どれくらいの時間が経ったのだろう。私には、何も見えない。何も聞こえない。私を包む闇が、徐々に濃くなっている。 闇に溶けていく。私は溶けていく。 このまま闇に身をゆだねたら、どんなに楽だろう。きっと私は、もう何も感じないで済む。人を殺す瞬間の感触も、自分が人間ではないことも、きっと忘れられる。 嫌なことを全て、忘れられる。それはとても楽なことだ。 死のう、か。皆一緒に、死のうか。辛いのは一瞬だよ。死んでしまえば、楽になれる。そうだよ。皆、私と一緒に死のう。 ……どうしてだろう。楽になれるはずなのに、涙が出てくる。胸が熱いよ。 ああ、そうか。私が死ねば、皆も死ぬんだ。コーラリアンの皆に、もしかしたら人間も死んでしまうかもしれない。 私の好きな人も、死んでしまうかもしれないんだ。 だったら私は、このままでいい。好きな人をこの手で守れるなら、きっと耐えられるよ。 でも、でもね。もう、心が闇に溶けそうなの。 だから……私が私でいられるように、君の名前を呼ばせて。 ――レントン。 「……エウレカ?」 名前を呼ばれたような気がして、レントンはサブシートに目をやった。空っぽの座席には、先ほど取り出したライフルが浮いているだけだった。 「でも……幻覚じゃ、ないよな」 魂魄ドライブには絶えず、〝RENTON〟の文字が浮かんでいる。人とスカブコーラルを繋ぐこの機械が、レントンを呼んでいる。 エウレカが、呼んでいるのだ。 「もうすぐだよ、エウレカ」 レントンの眼前には、巨大な繭が存在していた。大樹と化した指令クラスターの中心部に位置するその繭に近づくほどに、魂魄の輝きは増していく。 もうすぐだ――レントンはもう一度呟いた。ゲッコーステイト、ユルゲンス、アネモネ、ホランド、彼らの助けを借りてきたこの旅も終わりが近づいている。 誰が生き延び、誰が死んだのか。こんな終わり方は認められない、エウレカを連れ戻す、その想いだけでどれだけの人間を犠牲にしたのか。レントンの頭を、抗体コーラリアンに飲み込まれるターミナスが過ぎった。 涙が滲んで、レントンの視界を歪めた。だが、すぐに視界は晴れる。無重力は、涙が留まることを許さない。 そして、今更止まることもまた、許されない。 「くっ!」 機体に衝撃が走り、レントンは前のめりになった。抗体コーラリアンからの攻撃ではない。衝撃を受ける寸前、触手のような物体が宙を切り裂いていた。大樹自体が、ニルヴァーシュの接近を拒んでいるのだ。 姿勢を立て直したレントンは、はっと息を呑んだ。キャノピを無数の枝が取り囲み、機体は完全に絡め取られている。繭まであと数十メートルというところで、ニルヴァーシュは動きを 止められていた。 「くそっ、こんなところで……!」 レントンはコンソールを叩きつけた。外は宇宙。生身の人間が生きていける場所ではない。宇宙と地上の数十メートルには、大きな隔たりがある。 だが、何とかして繭との距離を縮めなければならない。ニルヴァーシュを動かせないかとコンソールを操作し始めたレントンの耳に、空気の抜けるような音が飛び込んできた。 顔を上げてみれば、キャノピが自動的に開こうとしていた。レントンは顔を青ざめさせた。 「う、嘘だろ。俺、何もしてないぞ! つーか、やばっ! 止まれ、止まれって!」 キャノピの動きは止まらない。無駄だと分かっていても、レントンは思わず口を押さえた。残った片手でライフルを肩から下げ、リフボードは脇に抱える。いざとなったら、窒息する前に飛び出すしかない。 「あ、あれ?」 目を瞬かせ、レントンは恐る恐る口から手を離した。息を吸ってみる。問題ない。 「息が……出来る?」 嘘だろと呟きながら、レントンは周囲を見渡した。うっすらと翠色に輝く光の膜が、大樹の周りに張られていた。これと同じものを、レントンは何度も目にしてきた。 トラパーだ。どうやらトラパーのおかげで、大樹の周辺は地球と似たような環境に置かれているらしい。 「……トラパーがあるなら、飛べる!」 リフボードを抱え、レントンはニルヴァーシュの肩を蹴った。繭との高さが同じになったところで、リフボードに足を乗せる。あとは波に乗るだけだ。地上でのリフと感触が違ったが、直進する分には問題はなさそうだった。 繭まであと数メートルまで迫ったところで、レントンは振り返った。枝に囚われたニルヴァーシュは装甲のほとんどが剥がれ落ちていた。内部のアーキタイプが露出し、力なく垂れ下がっている。アクセル・サーストンのボードも、もはや原型を留めていない。 ここまで続いてきた愛機との旅も、もう、終わりだ。 「さよなら、ニルヴァーシュ」 絞り出した声は震えていた。レントンは目を拭い、繭へと向き直った。手を伸ばせば届く距離だ。リフボードから飛び降り、レントンは繭に取り付いた。外見から柔らかいものだと想像していたが、意外に固い。素手では、とても内部に入り込めそうにない。 ライフルで撃ち抜くか? 駄目だ。レントンは首を振る。銃弾でどうにかなるような代物にも見えなかった。 どうする――思案するレントンの背後で、何かの軋む音が聞こえた。数秒後、音は大きさを増し、レントンの耳をつんざいた。 振り返り、レントンは顔を歪めた。ニルヴァーシュは枝に飲み込まれ、今や大樹と一体化していた。レントンが感傷に浸る間もなく、枝が再び動き出す。ニルヴァーシュの外装を異物であるかのように剥ぎ取り、アーキタイプを飲み込んでいく。 その時、レントンの目に光が飛び込んできた。 魂魄の輝き。操縦席から吐き出された魂魄ドライブが宙を漂っていた。レントンは魂魄の輝きに目を奪われる。 ――ホントに信じることが出来たら、信じる力は現実になるから。そしたらレントンはきっと空も飛べるし、大事な人も救えるし、私にもいつでも会える。 ダイアン・サーストンの柔らかな声音が、俄かに蘇る。レントンは魂魄ドライブを見つめた。 魂魄ドライブが人とスカブコーラルを繋ぐものだというのなら…… レントンは再びリフボードに乗っていた。魂魄ドライブを掴み、空中で方向を切り替える。 「信じろ、信じるんだ。俺はエウレカを救える、救える、救える……」 繭に着地し、レントンは魂魄ドライブを握り締めた。 そして、彼女の名を口にした。 「エウレカァッ!」 魂魄の輝きが、レントンを包み込む。 続く PR |
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コメント |
エウレカの放映が終わって、ちょっとさみしいと思いながら、主題歌コンプを車の中で最近また引っ張り出して聞いているものです(笑)はじめまして^^本家で小説読ませてもらいました!!すごく面白いです!!ってか、すごいです。ギジェットが「そこでくるかぁ」ってかんじで興奮しました。ホランドがどうなるのか、エウレカとレントンがどうなるのか、みんながどうなるのかすっごく気になります!!またちょこちょこ遊びに来ます。応援してますので、是非是非続きお願いします^^
【2006/08/2100:20】||eco#985a5f5d5b[ EDIT? ]
Re:しゅ、しゅごい
コメントありがとうございます~。返信遅れて申し訳ありません^^;
楽しんでいただけて幸いです。私としても、とても励みになります。更新の方は折りを見て行っていくので、のんびりとお待ちくださいませm(_ _)m |
なんでいいところでおわるんだよぉ。ホランドがどうなったか気になって気になって・・・うぅ・・・涙がぁ!
【2006/10/2723:03】||赤い炊飯ジャー#99afb8fd65[ EDIT? ]
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はじめまして。
ふら~っと。こちらにたどり着きました。 すんごくいいです!! ブックマークして気長に待っております。がんばってください!! 【2006/11/2720:32】||hirot#99035e6c3a[ EDIT? ]
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読んでいて、、涙、とてもこころにしみわたります。
【2007/06/3011:36】||NONAME#28833dc44e[ EDIT? ]
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いや~。僕もなんでいい所で終わるんですか~。待ってますから。最後に一言だけ、 ねだるな、勝ち取れされば与えられん。
【2009/07/2809:01】||EUREKA大好きさん#99b2f8bec4[ EDIT? ]
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